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第三話 無接点スイッチにおける世界初の挑戦

企業の社会的責任をテーマに、社憲を提唱

オートメーション市場の開発のなかで、一真は“毅然たる経営方針は何か?”を模索していました。昭和三十一年、経済同友会で「経営者の社会的責任とその実践」をテーマに研究し、企業は利潤追求のためのみにあるのではない、社会に奉仕するために存在するのだと結論づけました。一真はこれを社憲として「われわれの働きでわれわれの生活を向上しよりよい社会をつくりましょう」とまとめ、同三十四年五月十日の創業記念日に、社の内外に示しました。
「われわれの生活とは、小乗的には全社員の生活であり、大乗的には全人類です」と、全社員が朝礼時に唱和することで自覚して仕事にかかわりました。社外にも全社員の名刺に印刷、私どもはこの精神で働いていますと広報させました。社名がオムロンになり、グローバルに事業を展開する現在でも、この社憲こそがオムロンの精神といえます。

世界に先駆け、無接点スイッチを開発

世界に先駆け、無接点スイッチを開発

昭和三十二年、トランジスタラジオを聴きながら一真は、かつて送電線保護装置の開発に使用したサイラトロン真空管を連想、「接点のないスイッチができないか。そうなれば寿命一億回の高性能・長寿命の機能部品も夢ではない」と閃きました。想起すれば“まず、やってみる”です。同年五月十日の創業二十五周年記念式典で、「五年以内に無接点スイッチを開発せよ」の指令を出し、七人の侍と称される若手研究員が開発に当たりました。

当時は、トランジスタをつくる文献はあっても、トランジスタを使うことに対する文献は、日本にはほとんどありませんでした。ラジオや無線に関するものが大半で、自動制御用のスイッチング動作に使うというトランジスタメーカーに対する要求は、立石電機が世界で初めてといってよいでしょう。いま考えれば、工業用に使うなど乱暴な話ですが、立石電機には一真のいう『七:三の原理(成算が7割あれば実行する)』という確固たる精神が社員すべてに浸透していました。

無接点近接スイッチ
無接点近接スイッチ

COLUMN

立石一真語録3 「面白い、やれ!」

一真の性分を表す話として、研究や生産の若手が何か考えつくと、『面白い、何とかやれ』とチャレンジへ後押しする体質があった」と当時の研究員は言います。気になるアイデアがあっても、なかなか実行できないのが世の常。「面白いからやる」というシンプルかつ大胆な発想は、オプティミムに対する寛大な空気、チャレンジに対する勇気を持つ立石電機ならではの社風であったといえます。